不妊体験記

アイコン:fairyさん
掲載日:2017/02

Vol. 3

人工授精までで治療を終了。これ以上治療は継続しないという決断を30代前半で下しました。

fairyさん

治療終了時年齢 治療終了時 30代前半 30代前半

人工授精までで治療を終了。これ以上治療は継続しないという決断を30代前半で下しました。
fairyさんのケース
結果
治療を終了した
症状
自然妊娠を試みているが、なかなか妊娠しない
治療法
不妊検査、タイミング法指導、精液検査、人工授精3回
治療開始時年齢
20代後半
20代後半
治療期間
約2年半(途中、休息を挟む)
通った病院
山王病院(東京都港区)、エス・セットクリニック、など5か所

人工授精までで治療を終了。これ以上治療は継続しないという決断を30代前半で下しました。

fairyさんは2011年、まだ28歳の頃に不妊治療を開始し、漢方外来や男性不妊専門クリニックを含む5つの病院にて治療を行いました。約2年半の治療の間には何度か体調を崩し、治療を休憩することがありました。最後に通った病院では人工授精までステップアップしたものの、3回目の人工授精での出血をきっかけに治療の継続を断念。夫婦での話し合いの結果、体外受精以上へのステップアップは行わず、今後は治療を行わないという決断をされました。

不妊治療の事はご自身でよく勉強されており、体外受精を何度か行って妊娠・出産した友人も何人もいるというfairyさん。不妊治療においては“まだ若い”と言われる30代前半で、かつ体外受精にチャレンジする前に、治療を止めるという決断を下せたのはなぜだったのでしょうか。

子供が欲しくて結婚。早く出産したかった。

子供の頃から子供が好きでした。末っ子で弟・妹がいなかったため、自分が産んで育てたいと思っていました。20代で結婚した時も、早く子供を持ち、専業主婦として子育てを楽しみたいと思っていました。まさか自分たちに子供ができないとは思っていなかったですし。

結婚して5か月経って、子供が出来なかったので病院へ検査に行きました。周りからは5か月でなんて早すぎると言われましたが、早く子供が欲しかったですし、昔スポーツの影響で生理が止まったりしていたことがあったので、きちんと調べておきたかったのです。検査の結果、黄体機能不全と言われ、ホルモン剤の摂取を始めました。その時、医師からはタイミング法を半年間程度続け、もしダメならステップアップしましょうと言われました。治療方針は医師が決める病院で、言われるがまま治療を進めることになり、あまり質問などができる雰囲気ではありませんでした。

夫は、子供が欲しいなら協力するよ、というスタンスで、精液検査にも同じ頃に行ってくれました。検査の結果、特に問題はありませんでした。

ホルモン剤の副作用との闘い。

最初は、ルトラールというホルモン剤を飲みましたが、副作用で全身に蕁麻疹が出ました。副作用の説明は医師から受けていなかったので驚きました。蕁麻疹が治るまで2か月ほどかかるため治療をお休みし、医師への不信感が募りました。

2ヶ月経って治療を再開。デュファストンという新たなホルモン剤に変えてタイミング法を再開しましたが、今度はめまいなどの副作用が出ました。体調が悪くなり、メンタル面もネガティブになったため、病院を替えることを検討し始めました。

新たな病院で心新たに治療を。

家族に紹介してもらった山王病院へ転院したのが、不妊治療を始めてちょうど1年の頃です。不妊治療を行うリプロダクション・婦人科内視鏡治療センターのセンター長である藤原先生は、決して一方的ではなく、全部話を聞いてくれました。考えらえる限りの提案をしてくれ、治療の選択肢を与えてくれました。先生からは、体外受精から始めることもできるが、まだ若いので急がないならゆっくりでいいのではないかと言われました。私達も高度生殖医療までいかずに妊娠できると信じていたので、タイミング法から再開すると決めました。

しかし、再度ホルモン剤を飲み始めたものの、不規則な生活のストレスなどで体調を崩してしまい、約半年後に治療を一度休むことになりました。この頃、家族の勧めで漢方外来へ行き始めました。

男性不妊専門クリニックへ。夫側の問題が発覚。

不妊治療を始めてすぐの頃、夫の精液検査は行っていましたが、婦人科での簡易的なもので精子の量・濃度・数・運動率しか見ていませんでした。タイミング法でなかなか妊娠しないので、改めて男性不妊専門クリニックであるエス・セットクリニックで詳細な精液検査を行うことにしました。このクリニックでは、精子の奇形率などをDNAレベルで検査することが可能でした。検査だけで10万円近くかかったと記憶しています。

検査の結果、奇形率が高いと言われ、改善するためのサプリや漢方薬を処方されました。これらの薬は値段も高かったので、1回買ってそれっきりとなってしまいました・・・。効果があったかどうかは分かりません。

治療のストレスから転院したが、治療は成功せず。

この精液検査の結果を藤原先生に見せて相談し、人工授精に移ろうという話になりました。しかし、待ち時間の長さや、他の先生の診察時に情報共有がなされていないことなどがストレスに感じられたため、人工授精は家の近所のクリニックで行うことにしました。

転院先では3回の人工授精を行いましたが、妊娠できませんでした。3回目の際には先生のやり方に問題があり、大量に出血してしまいました。これがショックで気持ちが落ち込み、再び治療を休むことにしました。私から夫に、しばらく治療は止めたいと話し、夫も納得してくれました。それが2014年1月の事です。

治療を止める決断。

その後現在(2017年2月)に至るまで不妊治療は行っていません。私たちは二人でよく話し合った結果、今後は治療を行わない、赤ちゃんは授かりものなので自然に任せる、という決断をしました。

子供が欲しくて結婚した私でしたが、不妊治療を始めた頃から、もし子供ができなかったらそれはそれで二人で楽しくやろう、と夫と話していました。元々何でも話す二人ですが、治療によって一層いろんなことを話すようになったと思います。

私にはベビーシッターとして働いた経験があり、兄弟の子供たちの様子も見てきたので、子育ての大変さをよく理解しています。高齢出産はその後の育児が大変だと思っており、それが今後不妊治療を行わない理由の1つでもあります。このことは、夫婦でたくさん話し合い、決めました。

夫の気持ち(夫より)。

僕にとって、タイミング法のストレスなどはほとんど感じませんでした。あまり意識せずに治療に参加していました。基本的なことは妻に任せ、必要な協力を行ってきました。

不妊治療を通じて、妻の事がよく分かるようになりました。今後の事は二人で納得して決めました。子供がいない、ということで、死ぬときのことなども二人で話しました。

家族のプレッシャーを乗り越えて。

治療中には様々なストレス・プレッシャーがありますよね。私たちの場合、義理の母が結婚当初から孫を欲しがっていました。双方の両親に不妊治療のことは伝えていましたが、それでも義理の母から孫の話題が度々出てきてプレッシャーに感じていました。ただ、その愚痴を夫が聞いてくれたのでありがたかったです。

そういう話は嫌だ、と第三者から遠回しに伝えてもらった結果、あまり言われなくなりました。最近犬を飼い始め、彼女にも子供は諦めたのだと伝わったようで、今では犬の洋服など送ってくれますよ(笑)。

治療仲間の励ましは心強かった。

不妊治療中、家族に加えて友達にも治療の事を話していました。当時まだ20代だったこともあり、周りには同じような境遇の人はほぼおらず、ほとんどの友人はそういう世界もあるんだね~という反応でしたが、ちょうど同い年の友人で不妊治療をしている子がいたので、お互いに情報交換し、励まし合うことができました。その子は第一子を出産し、その後二人目不妊の治療のため病院に付き添ったりもしましたよ。

30代半ばになり、今では周りで不妊治療をしている人が増えてきました。体外受精を何度か行って妊娠、という話もよく聞きます。

二人の生活を楽しめることが、不妊治療の傷を癒す。

私達には、夫婦共通の趣味がたくさんあります。今は、ジム、ゴルフ、ドライブ、ドッグランなどを夫婦一緒に楽しんでいます。子供がいないことで将来が不安になることもありますが、子育ての大変さは良く分かっていますので、これはこれでよいのかなと思っています。ちなみに、子どもは好きなので、たとえ自分が産めなくても、子供を見ることはストレスになりません。たまに子供に関わるような仕事も行っていますよ。

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