不妊体験記

アイコン:おくぴ〜♪さん
掲載日:2017/04

Vol. 4

5回の採卵・移植を行うも着床せず。しかし、その後自然妊娠!

おくぴ〜♪さん

治療終了時年齢 治療終了時 40代前半 40代前半

5回の採卵・移植を行うも着床せず。しかし、その後自然妊娠!
おくぴ〜♪さんのケース
結果
自然妊娠・出産した
症状
なかなか自然に妊娠しない、タイミング指導を受けたい、体外・顕微授精を行いたい
治療法
不妊検査、タイミング法指導複数周期、人工授精1回、体外・顕微授精5回(採卵5回)
治療開始時年齢
30代後半
30代後半
治療期間
約2年

5回の採卵・移植を行うも着床せず。しかし、その後自然妊娠!

おくぴ~♪さんは2年間の不妊治療の間、5回の採卵と体外・顕微授精を行い、仕事と治療の両立に精一杯取り組みましたが、妊娠しませんでした。アプローチを変えるべきかと転院しようとした矢先に、なんと自然妊娠に成功し、不妊治療を明るく卒業することができました。この体験記では、おくぴ~♪さんの壮絶な体験を皆さんにリアルに感じてもらうため、採卵・受精・移植のプロセスを具体的に記しつつ、おくぴ~♪さんの気持ちの浮き沈みについてもお伺いしました。

結婚して10年!不妊治療を始めました。

同い年の夫と結婚したのはもう10年以上も前。結婚当初は、二人だけの生活を楽しみたいし、仕事も忙しいし、子供はいつか自然にできるだろう、と思っていました。そして10年が経ち、二人は38歳になりました。その間、様々なことがありましたが、夫婦が同じ思いになり、不妊治療を始めたのが2014年5月のことです。

立地と医師・スタッフとの相性でクリニックを選択。

病院は、複数の有名病院も含めて色々と検討した結果、自宅から近く、会社からも通いやすいとくおかレディースクリニックを選びました。とても人気のクリニックなので、予約も大変ですし、流れ作業的なところは少しありましたが、信頼できる先生とあたたかい看護師さん達のおかげで、病院嫌いな私でもなんとか通い続けることができました。

治療を始めてすぐ、病院主催の不妊治療勉強会に参加し、培養士の方及び徳岡先生から詳しい説明を受けました。いかに年齢が重要か、早めのステップアップを、治療を躊躇して後悔してほしくない、というような話がありました。私も年齢の事を加味し、タイミング法1回、人工授精1回の後、すぐに体外受精を始めようと決めました。

体外受精、仕事と両立できるだろうか。。。

診察では、まず夫婦ともに様々な検査を受けた後、今後のスケジュールや費用につき説明を受けました。体外受精の通院スケジュールを確認したところ、採卵前の1週間はほぼ毎日午前中に通院する必要があるとのこと(実際は2〜3日でした)。仕事との両立にやや不安を感じました。できることなら、会社を辞めてじっくり妊活に臨みたいですが、何回やることになるか分からない体外受精の費用を賄わなければなりません。職場の上司にも妊活のことを伝えたばかり。まずは仕事と治療の両立を頑張ってみようと決めました。

理解ある上司のありがたみ。

本格的に治療を始めてすぐ、職場の上司には治療の事を伝えました。私の上司はとても理解のある方で、家族を持つこと、家庭を大事にすることについてとても前向きです。また、仕事内容も自分で完結する部分が多く、特定の日以外は休みが比較的とりやすくなっています。とはいえ、何日も頻繁に休みをとるのは気が引けてしまいますが。。。

採卵直前の連続半休の件を上司に伝えたところ、理解してくれた上で、同じ課内のメンバーに聞かれたときにどう答えようか、僕も何か考えておくよ、とありがたい言葉が返ってきました。彼はその後も治療の事を気にかけ、様々な場面で配慮してくれました。

体外受精への偏見。

会社の同僚と話していた時、39歳で妊娠した先輩の話になりました。大好きな先輩だったのでとてもうれしいニュースだったのですが、その同僚は「〇〇さん(先輩)、普通に妊娠したのかな?」と。彼女は病院でのタイミング法で妊娠し、妊活の事を私に色々と教えてくれていたので、不妊治療に関する知識も一定程度持っている人。その人が発した、「普通」という単語が心にひっかかりました。人工授精や体外受精をどうやら「普通」とは思っていないようでした。

不妊治療のために通院を始めたことは彼女にも伝えてありましたが、体外受精を始めることは彼女に言い出せませんでした。単なる私の被害妄想で深い意味はなかったのかもしれませんが、逆に自分にも体外受精に引け目を感じる部分があったのかもしれません。

この時は、早く子供を授かって、ポジティブな受け止め方ができるようになりたいなと思いました。

治療開始。初めての採卵に向けて、色々な薬を摂取。

採卵を控え、まずはプラノバールというピルを数日間摂取しました。他の方のブログで副作用がある、という記載もあり不安に思いながら飲みましたが、運よく(?)副作用は出ませんでした。

生理が始まり、D2(生理初日から2日目)に病院へ。採血を行い、内診では超音波検査で卵の状態を確認しました。D3から排卵誘発剤のクロミフェンを10日間、抗生物質のビブラマイシンを7日間飲みました。ビブラマイシンは夫も飲むように言われ、夫婦で妊活している気分が高まりました。

D6に再び病院へ。内診後、フォルリモンとフェリングを混合したhMG注射を打ちました。共に卵胞発育を促す排卵誘発剤です。

生理が終わり、D8に通院。内診、採血、ホルモン注射を行いました。今回のhMG注射はフォルリモンとフジの混合に代わりました。超音波検査で卵子の成長の様子を見ながら、私に合う薬を試行錯誤して選んでくれていました。

D11に再び内診、採血、ホルモン検査。卵子が大きく育っていたので、3日後に採卵することが決定しました。フジを2アンプル注射し、クロミフェンの服用は引き続き毎日、排卵前日まで続けました。また、翌日D12の夜にはブセレキュア点鼻薬をプッシュ。採卵前日の夜は22時以降絶食するようにと指示が出ました。

いよいよ初めての採卵!

D14、採卵日は朝から夫婦で病院へ行きました。夫は自宅で採精し、病院にて検査を行いました。問題がある場合は再度採精する必要があるのですが、私達の場合は問題がなかったためすぐに終わりました。妻のほうは点滴を行い、トイレへ行った後、診察台の上で膣洗浄を行いました。これが思いのほか痛かったです・・・。その後、局所麻酔を行いましたが、どこに刺したのか分からない程度の痛みでした。

そしていよいよ採卵です。器具の出し入れや卵子を探している最中には痛みを感じ、終始冷や汗が出てしまいました。しかし、モニターで卵子が吸い取られるところや、採取した卵子がふわふわ浮いているところを拡大して映してもらうことができました。

採取した卵子はすぐに隣の培養室へ。私は止血のためのガーゼを入れ、リカバリールームで点滴を続けながら休憩しました。採卵直後には感じなかった腹部の痛みがだんだん出てきて顔がしかめっ面になってしまいましたが、重い生理痛のような痛みで、耐えられないほどではありませんでした。

休憩後、お茶とお菓子を頂き、再診察へ。先生からは、「卵は最終的に右が4個、左が3個でした。(年齢、低AMHのわりに)よく採れたほうですね。良かったですね。」と言われました。

夫の精子の所見も良かったため、卵子3個に対して体外受精、4個に対して顕微授精を行うことになりました。また、新鮮胚移植は行わずに凍結し、体の調子を整えて2か月後に移植するスケジュールとなりました。

3日後に再び病院へ、受精結果を聞きに行きました。採卵できた7個中6個が受精したとのこと。但し、受精卵のグレードはG3が2個、G4が4個、とあまり良くありませんでした。看護師さんからは、グレードが低くても妊娠率が少し下がるだけだからあまり気にしないように、と励ましてもらいましたが。

凍結までのいばらの道。

次の生理がきたタイミングで通院し、受精卵(胚)の凍結結果を聞きました。残念ながら凍結できたのは6個中2個で、残り4個は途中で成長が止まってしまいました。初期胚盤胞と一部桑実胚が1個ずつという内訳でした。もう少し多く凍結できるかと期待していましたが、低AMHであることを考えたら2個でも良しとしなくてはと思いました。

その後、数日間プラノバールを飲み、数日後に病院へ。卵巣が腫れており、移植をもう1周期延期することになりました。これにはどっと落ち込んでしまいました。移植の日をとても楽しみに待っていたので、私ってだめなんだなあ、無力だなあ、という気持ちになり、会計を待ちながら涙が滲んで来ました。でも、夫に報告すると、「ダメじゃない。俺がいるじゃない!まだこれからだよ!」と心強い励ましが。お寿司とケーキを買って帰ってきてくれました。

待ちに待った移植周期。

再び次の生理が始まり、D3からプラノバールを10日間飲みました。飲み終わって5日目にリセット(次の生理が来ること)し、病院で卵巣の腫れが収まったことを確認し、ようやく移植の準備が始まりました。

D3から卵胞ホルモンのジュリナを服用し、入浴後にはエストラーナテープを腹部等に貼りました。

D10に病院へ行き、内診と採血を行いました。エストラーナテープのおかげで、子宮内膜が厚くなってきているとのこと。引き続きテープを貼り、D14に内診と採血、D15に内診した結果、移植日がD19に決まりました。

移植日までの間、黄体ホルモンを補充するプロゲストン注射を毎日打ちました。筋肉注射なので、採卵前に行ったhMG注射とは違い強い痛みがありました。薬も増え、ジュリナとエストラーナテープに加えてフロモックス、デガドロンを飲み始めました。

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